オーストリアの、金髪の女の子(その  オーストリアからのメール  「オーストリア式 個人三行広告」


                    

 ▼午後からはプールへ

  午後から“プール”に行く、と分かると子供達は狂ったが如く歓声を上げる。

  「イヤッホー!」1番上が叫ぶ。

  「イヤッホー!」2番目が次ぐ。

  「イヤッホー!」3番目が真似する。

  「イヤッホッホー!」4番目が遅れて続く。

   そして、5番目。

  「......!」

   いや、5番目はまだだ。多分、永久にまだだろう。


わたしは付き添いに過ぎない。夏の暑い時間を過ごすのに、居場所を移動するに過ぎない。子供達が水遊びに興じている間、わたしは何をしようかなあ、と頭を集中させていたら、思考する音が大きすぎたのか、聞こえたらしい。

 「ベンチに腰掛けて、本でも読んでいられるわよ」と奥さん。

それじゃ、本でも読んでいられるように、と本を一冊持って行くことにした。先月から読み始めていた、英語本の、50の短編集だ。まだ読み切れていない。この夏には読み切ってしまおうと(何故だか自分でも知らないが)決意し、そのように自分に言い聞かせて機会を捉えてはどこにいようと(例えば、トイレの中)時間が許せばせっせと読み続けていた本だ。いや、わたしにとっては一日、時間が永久に許せるほど有るのだ。


子供達はその子供用のプールが何処にあるかは知っているようだ。わたしが付き添いとして一緒についてきている事などお構いなし、どんどんと先を急いで行く。おーい、パパ(わたしのこと)を置いてきぼりにして行く積もりか!? パパ(くどいようですが、わたしのこと)が迷子になっても知らないぞ。


確かに郵便局へと行く道すがらの途中にあった。四周が生け垣で囲まれたところで、それぞれに歩道、自動車用道路がそれに沿って走っており、郵便局へ行く為に何度かその歩道を歩いていたことになるわたしではあったが、生け垣はわたしの背丈を越える程の高さであったのでわたしの視界を遮るようにその公園は守られていたといった感じでもあったのだ。


 


  
“プール”とは

プールと言うからプールを予想していたら・・・・、これを人は本当にプールと言うのか。人工的に作られたものには違いないが、これはプールじゃないよ。これは子供達の水遊び用の、言ってみれば、大きな“池”とでも言うものだ。泳ぐ所ではない。泳げやしないよ。どうやって泳ぐのだ。水深30cmぐらいだ、その中に入ってキャッキャッ、パチャパチャするだけのことだ。若干高い滑り台もあるが、プールなどとは言えないよ。鯉や金魚の代わりに子供達がその中で戯れる池と思えば間違いない。確かに水が貯まっているということでプールとでも言えるのかも知れないが。

子供用の公園、遊び場といった方が正確かもしれない。水遊び場の他にそこここにベンチが配置されているし、ブランコやシーソー等も見える。公園の周り、目を上げてみると、生け垣に沿って大きな樹木が夏の太陽を遮ったり、枝の間から、葉の間から、光が漏れてきたりしている。木陰が作られ、芝生の上には涼しさを求めて、子供達を同伴してきた母親達が芝生の上で寝転がって夏の、午後の一時を過ごしている。上空から見ればアパートがカタカナの、コの字のようにに公園を囲い込むかの如く建っていて、その中庭には当の子供用公園があるといった風だ。

そう、近所の子供達がやって来ているのだろう。大人も子供達を同伴してやってきて、そのまま子供達は勝手に水の中で遊ばせて自分達は芝生の上、木陰で日光浴やら休息を取っているのだ。


 



  
▼炎天下の読書

わたしはランニングシャツに半ズボン、オーストリアの健康サンダルを履いて、なるべくこの暑さを緩和させようとしている積もりだが、何処に座ろうかと見渡すとちょうど、一つだけ空いていた木製の長ベンチ。

何の覆いも、日陰もない。ギラギラと照り付ける太陽の真下、わざわざ暑さを求めるかのように、そんなところに腰掛けていたら、余りの熱でトーストパンのようにこんがりと焼かれてしまいそうだ。

一瞬、躊躇した。が、ええい、構うもんか、もう少し黒く日焼けした方が見た目も格好良く健康的で良いだろう、とわたしは変な理屈を持ち出してきて太陽からの誘惑に身を任せようとしていた。そのベンチに腰を降ろした。

日よけ用の帽子をかぶってはいたが、頭上に、うなじに、背中に太陽光線がもろに当る。暑さを避ける積もりでいたのが、この余りの暑さの所為か、暑さを求めて太陽の下に出るような形になってしまった。

太陽の光をいっぱいに吸い込んだベンチに腰掛けて早速、本でも読み出す。が、どうも気分が乗らない。本のページへの太陽の照り返しが、サングラスを掛けていながらもきつい。目が痛むほどだ。目を痛めながらの読書も暫くして放棄してしまった。ベンチに腰掛けて静かに読書などと洒落てはいられない。

両腕を水平に広げて、背もたれにふんぞり返るような感じで、遠く、子供達の水遊びを何とはなく見守っていた。とても暑いのを我慢してもいた。我が子供達は飽きる事もなく水遊びに興じている。



 


  
▼そろそろ帰宅とするか

午後5時、6時と夕方になり始めてもまだ太陽は暑く照り続く、もうそろそろ家に帰る時間かな、もう我が奥様の方は充分休養が取れたかなあ、などと考えながら、腰を上げ、向こうの方にある“プール”で他の子供達に混じって相変わらず4人一緒に戯れている子供達のところまで直接やってきて、告げる。

 「おーい、皆んな、帰る時間だよ」

家の中であろうが、どこであろうが、聞く耳をもっていない。聞こえない振りをしているのか。家には帰りたくはないといった風情だ。本当に耳の医者に連れて行かないと大変なことになるようだ。将来が心配になる。遊ぶ事に夢中で、親など眼中にない。目の医者にも連れて行かなければならない。そう思わざるを得ない。

わたしは諦めてまた元のベンチに戻り、元のように一人で腰掛け、時が経つのに任せている。”プール”の周りを囲むように芝生が敷いてある。高い木も公園の柵沿いに植わっていて快適な日陰を作っているのだろうか、そんな木の下で水着姿のお母さん達が連れてきた自分の子供の着替えを手伝っている姿も見える。

そう、もう夕飯の時間と言っても良い。いつになったら家の子供達は家に帰る積もりでいるのだろうか、と思いながら、我が子供達が相変わらず、飽きることもなく、歓声を挙げ
ながらお互いに追い駆けっこをしているのを何となく諦めて眺めていた。と、我が視界に一人女の子の姿が入ってきた。

 



  
▼金髪の女の子

プリント地の水着、細身、長い金髪。芝生の上、自分で休憩するところと決めてシートを敷いて置いた、その場所に戻って来た所なのだろう。わたしがベンチに腰掛ける前から既にこの公園に一人でやって来ていて、水遊びに興じていたのだろう。そして、もうそろそろお家に帰る時間だ、と自分に言い聞かせて、着替える為に最初の場所に戻って来たのだろう。

わたしは別に何もすることもなく、ただベンチに腰掛けているだけに過ぎなかったが、別の何処か他のところを眺めると言うことでもなく、この女の子に注目し始めた。

 「よく一人で来れたね」

  わたしは女の子の方に向かって無言で話し掛けていた。

 「ママやパパと一緒じゃないの。一人で来ることが出来たんだね。偉いね」

自分一人でここに来て、遊んで、時間が来たからまた一人で帰る、そんな女の子の姿がわたしの目に、心には意外に映った。シートの上、女の子の足元にはタオルやら自分が着て来 た衣類が置いたままになっている。太陽の直射日光を受けて結構暖かくなっていることだろう。

自分一人でこの“プール”に遊びに来たということは、多分、この近所にでも住んでいる女の子なのだろう、とわたしは勝手に想像していた。背丈は我が家の一番上と同じくらい、8、9歳ぐらいの小学生か。色白のかわいい顔だ。オーストリアの女の子。長い金髪が太陽光線を反射して、眩しい。

この白日下、この女の子は帰る前の着替えはどうするのだろうか、とわたしは気にしている。わたしが座っているベンチの背、後方、公園の一角に着替え用キャビン(我が子供達4人はそこで着替えて、“プール”へと向かった)が中にある建物の方へと行くのかな、とわたしは女の子の次の行動を見るような見ないような、わたし一人の、大人の意思だけでは結論が出ない、そんな宙ぶらりんの自分を感じていたところ、女の子、足元にあったドレスを拾い上げ、身に着けていたままの水着の上に、そのまま頭からすっぽりとかぶってしまい、両手が、頭が、顔がしばらくして出てきた。少々乱れた金髪を両手で梳かすようにして整えた。
 

 

予想に反する行動を目の当たりにしてわたしは少々戸惑った。そして、感心した。そして我に帰った。水着は乾いていたのだろうとわたしは自分を納得させた。

わたしが座っているベンチの右側、直ぐ近くには公園の出入り口がある。素通り出来るようになっている。そこだけは生け垣が途切れている。

家に帰る支度も終え、女の子は公園から出ようと、出入り口の方へと、そのままわたしの座っている方へと歩いてくる。今、ベンチに腰掛けているわたしの前を通り過ぎようとしている。

わたしの前をそのまま通り過ぎて行くものと当然思っていたわたしであったが・・・・、わたしはそこで少々驚いた。

女の子はわたしが腰掛けている前に立ち止まり、右腕をわたしの方へと差し伸べてくる。

わたしは一瞬戸惑った。この女の子、何を・・・・? とわたしは心の中で答を求めようとした、探そうとした。

あっ、そうか、握手を求めているのだな、とわたしは即座に判断して、わたしもすかさず自分の右腕を彼女の方に差し出して、彼女と握手する。

 "Auf Wiedersehen!" 「さよなら」と彼女。

わたしの目を見ながら、別れの挨拶をわたしに向かって言いながら、彼女は片膝を心持ちか曲げ腰を若干低くした。


 
"Auf Wiedersehen!"

間、髪を入れずわたしも応じた。

そして、女の子は出入り口を通って公園の外へと出て行った。わたしを誰だと思ったのだろう。女の子にとっては異国の大人、しかも見ず知らずの、そんなわたしの筈、そんなわたしに対して、家に帰る前に、彼女は別れの挨拶をして行ったのであった。

「おじさん、わたしたち子供達を温かく見守って下さっていたのですね、有り難うございました。お陰様で今日の午後は楽しく過ごすことが出来ました。さようなら」

そんな風に言いたかったのかも知れない。


気がついてみると、女の子は目の前から姿を消していた。でも、大人顔負けのエレガントな身のこなしがいつまでもわたしの脳裏に焼き付いてしまった。

 

どちらさまもどいつごもどうぞ

Linz,31.10.2002

 






 

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