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     所謂性的自由の行く末について  オーストリアからのメール  オーストリアの、ある休日風景

                             

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  眠れない夜と夜の狭間で、ああ、花粉症!

 

   ■また例の季節がやって来た

 そう、また例の季節がやって来た。

 何も来て下さいとお願いしたわけでもないのだが、、、、、、、、。

一昨晩に続き、昨晩も、と言うか朝方、午前5時頃まで、この花粉症の 症状に我は悩まされ続けた。

 

 ベッドに横になっていると咳が突然出てきた。出て来てしまったものは 仕方ない。ぐっと飲み込むように意識的に阻止しようとする。が、弾みが 付いたとでも言うのか、自分の意思とは無関係に咳が出て来る。咳き込む。 咳が出ないようにと頑張ってももう咳の方ではお構いなく出ようとする。 自分の咳で完全に目覚めてしまった。

 昨晩は何故か、特に激しく、酷かった。とにかく、寝かしてくれない。

 直ぐ隣りで赤子の如くすやすやと寝ている人にとっては有りがた迷惑だ ろう。お隣の人とは、言うまでもなく、我奥さんのこと。熟睡中の人を目 覚めさせたくはないという私自身の深い心遣いが働いて、もう目覚めてし まっていたかもしれなかったが、我が咳が一段落した後、次の咳がまた出 て来る前に自分の方から先回りして、布団の中から静かに離れ出て、手探 りのまま暗い寝室を抜き足差し足、そのまま隣の暗い居間へと移動した。

 今、居間の長ソファーの端にちょこなんとぼっとしたように腰掛けてい る。パジャマを着たままだ。部屋の中は真っ暗。窓ガラスには外の街頭の 赤い光が反射しているように見える。真夜中、今、世界は寝静まっている。 隣近所からは安らかな寝息を立てているのが聞えて来るかのようだ。

 

 

  ■さて、どうしよう? 

 そう、さて、どうしよう? 

 このままソファーの上に仰向けにゆっくりゴロリと倒れて寝転がってし まおうか。そうしたい気はある。

睡眠の続きをしたい、そういう思いもある。が、横になるといつしか咳 が出て来る。もう経験上、分かっている。そして一度咳が勃発すると、一 段落するまでは止まない。どうにも止まらない。正に喘息そのもの。水平 になると咳がきっと出てくるので、そのまま腰掛けたまま。

 かくして眠れぬ夜が、またもや一つ巡って来た。

 眠れぬ夜を迎えて、お隣の国スイスの出身だったか、確かフィヒテとい うお方が著したとされる「眠れぬ夜のために」といったタイトルが思い出 された。若いとき、はじめてタイトルを見たときは寝かしてくれる何かヒ ントでも色々と教えてくれるのかと期待したが、しかし、今眠れないから 読んでみようか、という気は全然起こらなかった。それよりも私も「眠れ ない夜と夜との狭間で」というタイトルでモノを書くとしよう。

 

 

  ■正真正銘の花粉症患者とは私のこと 

 そう、何時の頃からか、例年、ある特定の期間、よく考えてみれば、春 先、花粉症に悩まされる自分となってしまっていた。

 昼間は鼻水がタラタラと間断なく、川の流れの如く垂れ落ちてくるから ティシュペーパー日本語で鼻紙)を何枚も手元に用意してあるのだが、ゴ ミ入れはそんな使用済のティシュウで溢れ出ている。

 目はまるでウサギのお目目のように赤く、そして痒い。痒い! 痒さを解除させようとつい目頭を指でグリグリと気が済むまで摩擦するか のごとく掻いてしまう。と、ああ、更に痒くなってしまう。悪循環、でも 痒いから、一時でも良いから、解放されたいからとグリグリと掻いてしま う。ああ、この痒み! 解放されたい!

 のどの奥、カリカリする。そのカリカリも解除したくて指で掻きたいが 掻けない。隔靴掻痒とはこのこと。仕方ないから我が舌でそのカリカリす る部分をなぞったりしてみる。ああ、くしゃみが出そうだ。ああ、溜まらん!

 そして夜がやって来る。

花粉症に梃子摺っている私にもやって来る。

一昨日のことだった。就寝時間がやってきたと思って、ベッドに横にな り、そうすると直ぐにさあ〜っと直ぐに寝入ってしまうタイプの私だが、 ここ最近、決まって真夜中には起こされてしまうのだ。

 体にはその時間が決められているらしく、咳き込み始める。 そうすると、自分の咳き込みで目が覚めてしまう。

いや、かくして目覚めてしまったのだ。

 咳をするのがこんなに苦しいとは! 咳をしないように云わば口をぐっと 閉じ、呼吸を止めるかのごとくじっと我慢をするのだが、出て来ようとす る咳は止められない。咳に席を譲るしかない。

 咳込み始めると止められないものは止まられないといった勢いがついて しまう。全速力での喘息の様相を呈してくる。気管支炎なのか。喉の奥の 方では変な音楽がヒューヒューと奏でられる。

 そして手を伸ばせば直ぐ届く所に、すやすやと微かに寝息を立てている 人、羨ましい限りだ、その方に迷惑にならないようにと、そして夜の静寂 を破らないようにと、我は頭から布団を被ってしまうのだが、それで咳が 止まるというわけではなかった。

 ゴホン、ゴホンと月並みに表記するしかない。敢てジュッポンと書いて も間違ってはいないだろう。我咳を正しく表記することは難しい。とにか く、もういい、もういい! もういいい! 

 このままベッドの上に居残ってはいられない。そう判断した。思い切り、 でもベッド自体に余計な振動を与えないように、さあ〜と起き上がってしまったよ。

 冒頭でも書いたように、真っ暗な家の中、柱に、壁に頭をぶつけたりし ないように、一時的に目隠しにされたかのごとく、両腕を伸ばしたまま、 目的の方向へと足元も覚束なくゆっくりと進んでゆく。

 

  ■今は居間にいる 

 何処へ行くのかというと、手探りの中、寝室から今、居間だ。

 そう、今、居間に居る。

 ここ3,4日間は昼夜と、いや夜昼と言えようか、とにかく咳をする練 習を言わば強制的にさせられてきた。お陰様でお腹の筋肉、腹筋とも言う が、度重なる咳込みの甲斐があって、この腹筋が結構トレーニングされ、 スポーツ選手のごとく、または男性下着の宣伝ポスターの、あの男性モデ ルのように腹部に筋肉の固まりが見えるように堅くなり始めた。

 でも、咳き込む過程で、何かの拍子に、この腹筋が痙攣を起こしたのだ った。痙攣が起こるとは思っていなかった。う〜んう〜んと一人、我慢の 呻き。筋肉が収縮した。痛むのだ。苦しい〜。この収縮筋肉を伸ばそうと、 その筋肉を意識しながら腹筋のストレッチングを試みる。痛みが遠のくま で、男は暫く黙って我慢。

 水平になると咳が出てくるので、起き上がったまま。咳止めドロップと いうものがある。そのキャンディーを口の中に放り込んで、つい歯で砕い てしまう癖があるのだが、意思の力で制止して、甘い固形物を口の中で遊 ばせている。とろけて跡形なくなると次のキャンディーを放り込む。咳に 対する騙しだ。

 咳止めキャンディーという名に恥ずかしくない役目を務めてくれるよう だ。確かに咳が止まった、ようだ。暫し、安心する。

 ふう、咳も収まったようだ。ということで一安心して、それでは、と長 ソファーに身を横たえてそのまま寝ようとする。と、おっとどっこい、そ う簡単には問屋が卸さない。

 でも、騙し騙し横になった。暫くすると、今まで垂直に流れっぱなしで あった鼻水も流れ出てこなくなった。その代わり鼻の中で溜まり始める。 今まで鼻で息していたが、出来なくなる。

 そこでティシューペーパーのお出ましだ。鼻の中の通りを良くする。が、 一時的なこと。余りにも激しく几帳面に鼻をかんだからか、今度は鼻の中 が詰まったようになる。鼻で息が出来ないから、口を開けて呼吸をする。

 口で呼吸を続けていると、口の中が乾いてくる。変な感じだ。

 と、口で吸い込んだ空気、ゴミでも混じっていたのか、喉を奥が刺激さ れたためか、喉の辺りから咳が堰を切って出て来る。咳き込み始める。あ あ、嫌だ、嫌だ。嫌になる。何とかならんものか?!

 咳をし始めると、占められていたドアが急に開け放たれたかのごとく、 次から次と咳が押し寄せてくる。これを正に喘息というのか。咳をする と腹筋は緊張するわ、喉は痛むわ、両こめかみも青筋を立てて膨張するわ、 咳の振動が脳髄の方へとも伝播してゆく。ガンガンと頭痛だ。首も凝る。 肩も凝る。腹も凝る。背中も凝る。 全身が凝る。疲れる。体力の消耗が激しい。

 口の中のカリカリ感覚を除去しようとするかの如く、咳が続く。調子に 乗ってしまうと、もう止められない。喘息気味に昂進する。             

  ああ♪、どうにも止まらない♪

 風が吹くと桶家が儲かる、とかそんな一連の連鎖作用を詠った話があるが、 まるで似ている。

 突然だが、ここで咳との闘いは一先ず、もう終わりにしよう早く。終わ りにしたい。  

 

 

  ■夜の狭間で、、、、、

 そう、意想外にも暇を沢山、持て余すような事態に陥ってしまった。水 平にはなれない。

 この真夜中の時間をどのように過ごしてゆこうか。もう寝れない。起き 上がっているしかない、と諦観しきっている。

 テレビのスイッチを入れてみた。テレビ画面だけがやけに明る過ぎると いった感じ。深夜放送など殆ど見たことはなかったが、こうして時間がた っぷりあることだし、ちょっと見てみようということになった。

 こんな時間、テレビでは何をやっているのだろう。ちょっと関心があっ た。が、別に面白そうな番組、暇潰しになるようなものではなかった。古 い劇映画の再放送みたいだ。オーストリアのテレビも真夜中、沢山の時間 を持て余しているようだ。10ほどあるチャンネルをリモコンを使って渡り歩いた。

 真っ暗な中でのテレビ画面、ケバケバしい、両目が痛むようだ。オース トリアにいてもドイツからのテレビ番組も受信出来るチャンネルに来た所、 ここではテレフォンセックスの宣伝がこれでもか、これでもか、これでも か! と続く。見ているうちに吐き気を催しそうになった。品がない。

 深夜のテレビを見ても何らの足しにならない。そもそもヨーロッパ(つま り我が家にとってはオーストリアとドイツのそれだが)、テレビ番組は全般 的に面白くないというのが私の印象だ。

 つまらん。

 テレビのスイッチを消した。暗闇がまたも戻ってきた。

 ノートパソコンのスイッチを入れてみた。テレビの画面の延長を見るよ うな塩梅であった。真っ暗に居間の一隅、四角い画面が明るくなり始め、 この存在を主張し始めた。何かメールが届いているかと確認した。クリッ ク、クリック、クリック。ついでにこの「オーストリアからのメール」の 続きを書いている。

 暫し、花粉症による咳のことも、口の中のカリカリも忘れているのであった。

 

  ■夜は続く、、、、、

 そう、まだ時間はある。

 そうだ、まだ読み終えていない本の続きを読もう。子供たちにも遊んで くれえ、とせがまれたりすることもない。誰にも邪魔されず心行くまで読 書に没頭出来る機会だ。

 1994年、あるアメリカ女性(女医さん)が単身、オーストラリアへと 飛んだ。当地オーストリアではない。オーストらリア,念のため。そこの 原住民、所謂アボリジニの、ある種族からの招待を受けたのだそうだ。

 彼女はオーストラリアの砂漠を3ヶ月間に渡って放浪、彼等たちと起居 を共にした。行動を共にした。

 原住民たちは自分たちのことを「本当の人間たち」と称し、外部の人た ちのことは彼女をも含めて「変わる人間たち」と呼んでいた。

 炎天下、いつもの如く砂漠の真っ只中を歩いているとき、ある日、空全 体を真っ黒にする程の、小さな虫の大群に襲われた。目を開けていられな い。それらの虫はそこにいた人間たちの体中、所構わず這いずり回り、よ く見ると原住民たちの鼻の中にまで入って行くのを見た、と。

 彼らたち「本当の人間たち」の鼻穴は「変わる人間たち」のそれよりも 大きく開いていて、虫も簡単に入って行くことが出来る。どうしてそんな に大きな鼻孔なのか、その理由が分かった、と。この人たちの鼻は中が虫 たちによって自然に掃除して貰えるように作られているのだ、と。また暑 いから換気の役目を果たすようにもなっている。

 それでは、私の鼻はどうなっているのか。花粉症の症状の一つである、 鼻水垂れ垂れ。鼻の中が異常な刺激を受けてか、鼻水生産に躍起になって いる。こうして鼻水のことを書きながら、鼻水がああ、、、中から垂れ流 れ出て来ようとしているではないか。私も外からティシュウを用意して鼻 水の除去に躍起になっている。ない知恵を搾り出して、鼻の中を乾燥させてしまえば流れ出てこないかもしれない、と赤外線ランプの熱で「我輩は 鼻である」かの如く鼻に集中的な熱線を浴びせてみたこともある。

 鼻の中がモゾモゾする。口の中がカリカリする。そのカリカリする箇所 を舌で下から上へとなぞると痛みが一緒になって下から上へと移動する。 居ても立っても居られない感覚が走る。と、あああ、今度は刺激を受けて か、くしゃみが出そうだ。

 このカリカリ、何とかならんものか?!

 この感覚を除去しようと咳き込む。でも、何も出てこない。その感覚を 吐き出そうとして咳き込むのだが、何も出てこない。咳に伴う空気だけ。 しかも猛スピードで咽喉を通過しようとするから、その摩擦で咽喉が激しく痛む。

このカリカリ、この炎症、何時まで続くものやら。この痛みは特筆もの だ。いや、もう書いてしまっている。  

 

 

   ■鼻談義は続く、、、、、 

 そう、日本から持ってきた、いや船便で手元に届くのに約一ヶ月間掛か った130個強の、小さな段ボール箱、その中からやっと見つけ出した、 「導引術」についての単行本。

 ページを繰ってみると、花粉症のことをアレルギー性鼻炎と同意義に解 している、蓄膿症も同じものだ、と筆者は自信を持って記している。オー ストラリア原住民がやっている鼻掃除とは違った、方法を教えてくれる。

 水を手ですくい鼻の穴の中に流し入れ、口から吐き出すという“行”を 毎日行えば、このような症状は消えてしまう、と。これは“行”なのだか ら、続けなければならない。毎日やっているが、いっこうに消えない。 修行がまだまだ足りない? そんな風に言われてしまいそうだ。

 これは意外とキツイ。水泳をしている時、何かの拍子で誤って鼻の中に 水を吸い込んでしまったことがあるが、脳髄の天辺までツーんという痛み が貫通するのを経験したことがあるが、それを意識的に、自覚的に、目的 的にやれ、と勧めている。

 

 

  ■どうしてか、、、、、

 そう、どうして花粉症とのお付き合いをするようになってしまったのだろう?

 ある年、英国にいた。ある英国人の老夫婦の所にホームステイしていた。

 5月の頃だったろうか。初夏のような陽気だった。家に戻ってくる途中、 草が無造作に生えている、乾燥しきった広場を横切ろうとしていた。家 ま ではもう直ぐだ。家の中に入ってゆく前に、そこに目に付いたベンチに一 人腰を降ろした。今日も一日無事に終えようとしていた。呼吸を整えていた。

 暫くはそのベンチに背凭れ踏ん反り返るかのごとく、顔を上空に向け、 両足も無造作に放り出すかのようにしまま、暑いなあ、と思いながらも深 呼吸を一つした。

 と、鼻の中がモゾモゾするような感覚が過ぎった。と、同時に我が意思 とは無関係に突然、くしゃみの爆発、一度。いや、二度、ああ、もう一度、 これで三度。三度目の正直などと三の数を確認している暇はなかった。回 りには誰も居なかった。くしょみの大音響が広場を満たした。

 思い返せば、あれが花粉症に罹ってしまった、我人生における歴史的瞬 間だったのだろう、多分。

 口の中がカリカリするの初めての感覚であった。気に出し始めると少々 イライラさせられる。ホームステイの家に帰ってきて、口の中が乾燥した ようなカリカリすると告げると、老婦人は「生卵を飲むと良いよ」と教え てくれた。飲んでみたかどうか、忘れてしまった。飲まなかったからだっ たのか、それ以来、まだこうして花粉症との腐れ縁が切れないでいる。

 花粉症とは、オーストラリアで3ヶ月間、現地の原住民と生活を共にし た女医さんによると、これは所謂「文明病」の一つなのだそうだ。原住民 のように自然に逆らわないように生きて行けば、そんな文明病に罹るよう なことはない、とこの著者は、そこの読者よ、そう、あなた! 人工の光 の中で生きる文明人よ、コーヒーばっかり飲んでいるあなた! 悟りなさ い! と仰りたいのだろうか。

 

   ■それでも夜は明ける今は居間に

 さて、今何時だろう?

 カーテンを閉めたままの居間、窓の外は薄明るくなってきた。

 世が、いや夜が明けようとしている。その間私は眠ることも出来ず、こ こに至って何となく体全体が疲れてきたようだし、今度は睡魔に襲われよ うとしている。歓迎だ。

 これからが本当の就寝時間となるのか。花粉症の諸症状との闘いに体力 を消耗し、一言、疲れた。疲れたから寝よう。寝れるだろうか?

 咳よ、我をして起こしてくれるな、頼む。

どちらさまもどいつごもどうぞ

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