運転免許証書換えの顛末(その オーストリアからのメール オーストリア人好 み百人」

 

 

No.11(3/3)     

「運転免許証書換えの顛末(その)」

              

 


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■6月x日■

 先日、局長さんに直接繋がる電話番号、ホットラインをご本人から教えて貰った。 本日、その番号に初めてダイヤルした。

 局長さん、例の机に向かって仕事をしていたのか、直ぐに受話器を取り 上げた。 電話では長らく待たされることもなく、例の如く机の上の書類を 引っ繰り返したりして捜している騒音が我が耳に伝わって来る。

「まだ来ていないようだ。来週、また電話してくれ」

  まだ?

       まだなのですか?






 


■6月xx日■ 

 偶々リンツ市内での用事があったので、序にそのままリンツ警察署へと 出向いた。 勿論、目的は一つ。相手はそう思っていないだろうが、わたしにと ってはもう顔なじみの、受付窓口の女性役人にご機嫌伺い。

 「局長に聞いて見てください」

そう言いながらも確かめに局長室へと入って行く。

 「局長は休暇を二週間取って、今、いませんが、、、、、」

“二、三週間”の言い間違えではないのですか、と我が内心は皮肉っぽ くも今に至ってはちょっとへそ曲がり。

 「二週間ですね?」とわたし。

念を押す。

 局長さん、逃げたのか。

 無駄足だった。








  ■7月15日■ 

 自宅から電話を入れた。勿論、局長さんへの直通だ。

 もう夏の休暇は終わっている筈。呼び出し音が続く。 誰も、というのか 局長さんは素早く受話器を取らない。 もったいぶっているのか。またも待たされているわたしだ。

 「○○」

オーストリアでは自分の受話器を取るとき、自分の名前、苗字を言う、 らしい。 それだけ。ブッキラ棒に聞こえるものだ。局長さんは漸く電話を 取ったようだ。

 「ハロー、、、」とわたし。

「○○だ」

何となく不機嫌そうな声。

 「××と申しますが、、、ウィーンから到着しましたか?」

「ウィーンから?  何のことを言っているのか、わしには分からん」
  休暇ボケか。

 「わたしの、書換え運転免許証はウィーンに依頼中だ、とおっしゃっていたではないですか」

 若干語気を荒げるからのように、わたしは飽くまでも低姿勢を保っていたのだが、 電話で顔も見えないことを幸いに少し強く出た。

 「名前は?」と局長殿。

「××です」

 既に名乗っているのに、またも聞いてくる。わたしの求めるものが分かって いる筈なのにもったいぶっているのか、仕事をしたくないのか、奥さんと でも喧嘩をして気分が宜しくないのか、昼食前でイライラしているのか、 何だか良くは分からないが、取り合いたくはないといった風だ。オーストリアの 公務員は、、、、、と、ついついまたも非難したくなるような愚痴ったく なるような気持ちが湧き上がって来る。

 自分の机の上に積み上げてある書類を引っ繰り返している音が受話器を 通して聞こえてくる。

 局長さん、席を立ち上がったようだ。壁際のキャビネットの戸を開けた りして更に探し物をしている。目の前にそんな姿が想像される。わたしは受話 器を握ったまま、またも待たされているのだ。

 電話だから直ぐに用事が済むかと思いきやあに図らんや、自分の意に反 して待たされること。オーストリアでの人生とは待つことなのか。そこら 中を引っ繰り返している様子が相変わらず耳に伝わって来る。現場に居合わせたことがあるから、局長さんの一挙手一投足が手に取るように見えてしまう。

 待つことが続く。

またも駄目か、と消極的な諦め気分に傾き掛ける。

 「ハロー!」

「ハロー!」わたしも釣られて真似してしまった。



 「許可は下りたよ」

ほう、そんなこともあるのか。

 「今日これから貰いに行けますか?」

「今日は駄目だ。明日来てくれ」

「今日は駄目なんですか? (どうしてですか? とは追求しなかった)それでは明日伺います。どうも有難うございました!」
 

 書換え運転免許証が入手出来るというニュースを聞いて、わたしは内心喜ん だ。「どうも有り難うございます」ともう一度、少々大声で締めくった。 局長さんには中てつけ、皮肉に聞こえたかも知れない かな。









  ■7月16日■

 車(クルマ)といってもわたしの場合、自転「車」のことだが、郊外から市内へと風を颯爽と切って走って行く。

 目指すは勿論、リンツ警察署の建物だ。そしてその中にある交通局だ。 あの窓口だ。もう顔なじみになっていると思うけど、そんなことおくびに も出さぬ様子、毎回窓口にこの黄色い顔を出す度にはじめて申請に来た人ですよねといったような応対をしている、あの受付の女性、つまりおばさん、その人だ。 しらばくれるのもいい加減に止めたらいいのに、とわたしが思っていること、 分かっているのかどうなのか。



 車を駆りながらもその人の心の内が我が耳に前以て聞こえて来るかのよ うだ。

 「まただわ、あの日本人、懲りずにやって来るわね。答えはいつも同じよ。分かっているのかしら。“二、三週間後に”また来て下さいな」


 わたしの番がやって来たので、既に何度も言った、今となっては立派なお手本ドイツ語例文となったものを言い放った。


  「書換えの免許証を取りに来ました!」


 どうだ、といった風に相手の反応を待つ。待つことに慣れてしまったわけではなかったが、相 手が「ちょっと待ってください」と言う前に、既にわたしは待っている。


  「許可は下りたのですか?」

 珍しい、わたしに質問してくる。

  許可は下りたのですかって?

 それはわたしが毎度毎度、毎度あり〜だ、聞きたかったことではないですか!?

 立場が逆転してしまったようだ。どうしたのだろうか。役所の人でしょ うが、知らない筈ではないのではないのではないでしょうか。                                        二重、三重と否定さ れてきてしまった結果がこんな否定表現となって表れてしまうものなのか。人騒がせだ、いや人任せだなあ。


 「ええ、昨日聞きましたよ」

わたしは親切にも教えてあげる。

 女性役人は安心したかのように、いつもの行動を重ね、一束になった書類を窓口に持って来る。


 


 オーストリア国の運転免許証、一生涯書換えなしで使用できる。そんな 桃色のものが見える。受け取りサインを目の前でした後、のり付きセロフ ァンが一ページ全体に貼り付けられた。そして、待望の、わたしの手に渡され た。

 「長い間、本当にご苦労様でした」とはその女性役人、わたしに向かって言わないので、わたしは自分で自分に向かって言った。


 
わたしはそのリンツ警察ビルから出た。     

筆者の、追加コメント

     おわり  Marchtrenk, 8.September 2003

                                                                         

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