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 「新ヨーロッパ」の誕生、出現となるのか?  オーストリアからのメール  デジカメは珍しかった

 

No.24(1/3)

                                         ◆ オーストリアからのメール ◆
    
                                
                         

           デジカメの故障、修理、その他を巡って

 





  ■海外に住む

 海外に移住する(海外旅行へと出るのとはちょっと違いますよね)に当たっては、 日本からは何を現地に持って行くか、何を持って行かないか、

何を選択し、何を諦めるか。 

 何も持っていかない? この身柄だけを持って行く? あとは全て現地調達としようか?
 出来れば日本で使い慣れたもの全部を持って行きたいと思った。わたしの場合です。 確かに、現地で調達出来るものもあるだろう、だから出来るだけ身軽で行きたい、 何故なら色々なモノを国際的に移動させるにも引越し輸送費用が嵩むことだろう。


 ■出発前の買い物

 
当地オーストリアへとやって来る前、日本での買い物は慌ただしかった。

 オーストリアでは多分買い揃えることが出来ないだろうと予想して、当時日本で発売されたばかりの、

  (1)デジカメ、

  (2)ノートPC(日本語のOS Windows 95インストール済)、

  (3)ポータブルのPC用カラープリンター、

 どれも新品を一括購入、リュックサックに背負って運んで来た。


 日本製のファックス機も序に購入して、スーツケースに入れて持ってこようかと思ったが、PCインストール済ソフトにファックス機能が付いている筈だからということでファックス機は諦めた。嵩張るし重たい。
 


 日本で長らく使用していた、愛着のある、だから一緒に持っていきたかった

  日本製テレビも、

  ビデオデッキも、

  自動洗濯機も、

  電気冷蔵庫も、

  電気炊飯器も、

  自転車も、

  その他もろもろ(思い出せない)も

 日本では二束三文で売り払ってしまいました。マイカーは持っていなかったので、売り払うことは出来なかった。 アパートは借り物だったので返却した。


 冒頭の(1)(2)(3)日本製品はそのままオーストリアでも何ら問題なく使用出来るだろうと考え (同じ先進工業国ではないのか!?)安心して日本で上記のデスクワーク製品を購入、 オーストリアに持って来たのでしたが、やはり、想像力が不足していたのか、何とかなるだろう、 といった風に気楽に単純に物事を捉まえて安心していたためか、現地にやって来て初めて否定し難い幾つかの現実に直面しなければならなかった。




  ■デジカメは珍しかった
 

当時とは1997年。カメラといえば普通の一眼レフのカメラ等をまだ意味していた。デジカメはまだ市場に出回り始めたばかり。

 そのデジカメをオーストリアに持参、小さな液晶画面を見ながら写真を撮っていると、 ファインダーに目を近づけて焦点を合わせるという風でも無く、ちょっと見慣れない仕方で写真を撮ろうとしていたからか、つまり 自分撮りをやっていたのだが、両腕を高く掲げて液晶画面を見ながら写真を撮ろうとしていた、そんな姿を珍しがって、

  『何だ、それ!? 新型のカメラか、見せてくれ!』

  『触らしてくれ』

  『どうやって撮るんだ?』等々、

   色々と話題を提供する珍しいそうな新種のカメラであった。

 わたしが持参したデジカメはメモリー容量が決まっていて、一枚につき26KB前後、90枚ほど撮れるというもの。 電源としては1.5Xのアルカリ性電池4本を必要とするものでした。 掌で握るようにして持ち運びが出来る携帯型のコンパクト・デジカメでした。

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Marchtrenk, 10.März 2004

「新ヨーロッパ」の誕生、出現となるのか?  オーストリアからのメール  デジカメは珍しかった

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